活動費にしても適正に使っているのか疑問

政治家を志す人がすべて国家のために命を捧げようと思っている訳ではないでしょうが、もし本当にそう思って一生懸命働いてくれるのであれば現在の給料は安いと思います。

政治家には給料の他にも活動費として、いろいろな名目で支払われるものがありますが、本当にそうしたお金を政治活動に使うのであれば、給料だけとれば安いということです。

世界中がグローバル化され、政治的、経済的つながりがますます複雑になってきています。外交や安全保障の問題も頻繁に発生しています。

国内でも高齢化社会を迎えて、社会保障の問題や財政の問題が一刻の猶予もない火急のものとなっています。政治家として勉強しなければならないことが山ほどあります。

各国の首脳が集まるG8やG20をテレビで見ていますと通訳を介しているのはG8ではロシアと日本、G20ではもう少し増えて、中国なども入ってきますが、あまりありません。

政治や経済の難しい話は正確を期して通訳を入れることも必要かもありませんが、普段のコミュニケーションは共通語である英語でやり取りしたいものです。これからは語学力は必須であると思います。

こうしたことを真剣に考えている場合には、給料は多分足りないのではないかと心配します。明治時代の政治家には金持ちしかなれないという話を聞いたことがあります。

日本は世界に追い付け追い越せで自分のお金を使って活動をしていたということです。

残念ながら、日本の政治家の中には親の後を継いで何となくではないのでしょうが、なってしまったというケースがすくなくありません。

選挙は後援会が支援してくれ、政策などはあまり考えていなくても名前だけ連呼していれば当選してしますというこうなケースです。地元優先で何事も考え、いかに地元に受けの良いことをしようとばかり考え、行動しています。

自分の得意分野については一家言持っていますが、専門ではない分野のことは勉強もしません。こういう政治家に議会の開会中に眠っている人が多いのではないでしょうか。

給料以外に支払われる政治活動費にしても適正に使っているのか疑問を感じさせるのもこうした人たちです。

同じ政治家でも志を持って一生懸命努力している人とそうでない人が同じ給料であるということには疑問があります。企業では個人の能力や実績によって給料に差が出ます。

政治家も一年間のそれぞれの活動を客観的に評価をして給料に反映できるような仕組みになれば、全員が目の色を変えて仕事をするようになるのではないかと思います。